平和会議とは?5月18日はなぜ国際親善デ―?


この記事は約 2 分で読めます。

国際親善デ―は平和を彷彿させる日

というイメージでしょう。

 

今回は国際親善デーに深く関係する

第一回平和会議、第二回平和会議

も分かりやすくまとめました。
 

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国際親善デ―の由来は?

 
1899年にオランダ王国の

デン・ハーグという場所で

第一回平和会議が行われた日

を記念した日です。

 

1922年に5月18日を

記念日として制定されましたが、

日本では1931年に記念日となりました。

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第一回平和会議とは?

 
1899年に行われた

第一回平和会議は、

ヨーロッパの国以外にも

日本を含む26カ国が

ロシア帝国の皇帝である

ニコライ二世の提唱で開催されました。

 

第一回平和会議の目的として、

①列強の対立が高まっている

②国際政治が不安定になっている

③戦争の為の軍事負担の費用増大

 

このように、

各国の財政に大きな負担と犠牲を

払わなければいけない

状態だったため、

平和会議が行われました。

 

第一回平和会議の中では、

①ハーグ陸戦条約

②ダムダム弾禁止宣言

③毒ガス禁止宣言

④国際紛争平和的処理条約

が採択されています。

 

①ハーグ陸戦条約

戦争の義務と権利が

具体的に規定されており、

戦闘による殺戮行為を禁止し、

一方的に権利や制限を

押し付けることを禁止しています。

 

②ダムダム弾禁止宣言

③毒ガス禁止宣言

毒ガスやダムダム弾は

兵士などに不必要な

大きな苦痛を与える為、

そんな残虐な武器は

使用してはならないとされました。

 

④国際紛争平和的処理条約

条約以前から、

国際紛争の解決のため

行われていた

仲介や仲裁裁判などの

手続きの整備をしました。

さらに、

事実として起きている問題の調査を

行う国際審査の制度を定めたものです。

国内紛争平和的処理条約により、

オランダのデン・ハーグに

常設の仲裁法廷である

常設仲裁裁判所が創立されました。
 

 第二回平和会議とは?

 
10年もたたない

1904年にアメリカ合衆国の

国務長官であるジョン・ヘイが提唱し、

1907年に第二回平和会議が開かれます。

 

第二回平和会議の中で、

次回の平和会議を八年以内に

開催するようにと勧告がありましたが、

第一次世界大戦や第二次世界大戦が

開戦されたことで

1915年開催予定の

第三回平和会議は実現されませんでした。

 

平和会議の成果である条約を

もってしても、

第一次世界大戦は回避されず、

大きな戦争に発展してしまいました。

 

しかし、

大きな戦争後にできた

平和的機関である国際連合などに

この経験が受け継がれたため、

1899年に開催された

第一回平和会議は歴史的に

意義を持っていると言われています。

 

受け継がれたものの代表として、

第一回平和会議で創設された

常設仲裁裁判所は1921年に

国際連盟の中の機関として

常設国際司法裁判所が設置されます。

 

第二次世界大戦後には

国際連合の中の機関として

国際司法裁判所ができました。

 


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