4/8は忠犬ハチ公の日!ハチはいつ,なぜ死んだ?

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渋谷駅のハチ公像前は、

観光客や待ち合わせをする人で

いつも賑わっています。

 

4月8日は忠犬ハチ公の日。

 

秋田犬のハチの出身地、

秋田県大館市の秋田犬銅像意地会が

決めた記念日です。

 

飼い主の教授とハチ公との美談は

広く知られていますが、それと同じく、

心温まるエピソードをご存知ですか?

 

今回は忠犬ハチ公の日にちなみ、

ハチ公の軌跡

なぜ死んでしまったのか

等紹介します。

 

ハチ公物語 予告

 

1987年に日本で公開された

映画『ハチ公物語』です。

 

 

HACHI 約束の犬 予告

 

2009年にリチャード・ギアが制作した

『HACHI 約束の犬』です。

 

 

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忠犬ハチ公のもう一つのお話

 

渋谷駅の人気者となっていた

ハチ公の銅像が作られ、主人を忘れない

有名な忠犬として親しまれていました。

 

実はハチ公像は戦時中の金属回収令の為に、

国に奉仕させるという名目で

一度取り壊されたのです。

 

ところが戦後まもなく、ハチ公像を

再建したいと願う多くの人々によって、

再び渋谷駅に設置されたのです。

 

このように古くから多くの人に

愛されてきたハチ公です。

 

今年とても感動的なお話でありました。

 

ハチ公没後80年にあたる2015年3月8日、

ハチ公の願いを込めてこんなことが起こりました。

 

ハチ公と上野英三郎博士像が

新たに設置されました。

 

大好きな主人の上野先生を

待ち続けたハチが、再会した喜びに溢れ、

上野先生の広げた両腕の中に

飛び込んでいく銅像です。

 

その躍動感あふれた銅像の姿に、

感動の拍手を多くの人がおくりました。

 

この話題はテレビでもネット上でも

大きな話題となっています。

 

ハチ公と上野英三郎博士像は、

東京大学農学部キャンパス内にあり、

この像が「人と動物の相互敬愛の象徴」

として愛されているのです。

忠犬ハチ公はどれだけ待って死んだ?

 

旧帝国大学農学部教授・上野英三郎博士が、

秋田犬ハチを譲り受け

大切に育てられていました。

 

博士の死後も日課であった

渋谷駅での博士の帰宅の迎えを続けました。

 

昭和10年当時、新聞でも紹介されたり

映画化されたりで、ハチ公生前にも

人々に広く知られていました。

 

ハチ公は博士を9年間も待ち続けたんです。

 

そして、1935年3月8日。

 

10歳の時にその生涯を終えました。

 

忠犬ハチ公はなぜ死んだ?

 

ハチ公は何で死んでしまったのでしょうか?

 

ハチ公は博士の勤務先(東京帝国大学農学部)で

解剖されました。

 

その結果、ハチ公の心臓と肝臓に

フィラリアが寄生し、

腹水していることが分かりました。

 

このことからフィラリア症であることと、

さらに心臓と肺にガンも発見され、

この二つが死因であると言われています。

 

死因とは関係ありませんが、

胃からは焼き鳥の串が数本あったそうです。

 

お腹が空いていたんでしょうか?

 

今となっては分かりません。

 

時を越えてなお人々に

感動を呼ぶハチの物語。

 

渋谷のハチ公も東京大学のハチ公も、

人々にその愛情を思い起こさせる

きっかけとなり親しまれ続けるでしょう。

 

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