8/6はなぜ広島原爆忌?被害人数,建物は?


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8/6の広島原爆忌は

別名「広島原子爆弾の日」

と呼ばれています。

 

この記念日の由来は

1945年8月6日に、

アメリカ軍のエノラ・ゲイが

日本の広島市上空にて

原子爆弾である

リトルボーイを投下した日です。

 

今回はそんな悲しい

戦争があったことを

忘れない為に、

人や建物の被害

についてまとめました。

 

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原子爆弾って?

 

原子爆弾は地上から

600mも上空で

爆発しました。

 

原子爆弾はそれまでの

爆弾とは全く違います。

 

爆発の瞬間に

超高温の熱線と放射線が

同時に発生するのです。

 

周囲の大量破壊及び大量殺戮が

瞬時の間に無差別で起こされました。

 

原子爆弾の被害人数は?

 

原子爆弾によって

死亡した人の数は、

実は現在でも正確には

つかめていません。

 

放射線による急性障害により

死亡した人数は

平成20年12月末の段階で、

約14万人

といわれています。

 

原子爆弾が投下された当時の広島は

約35万人の市民がいました。

 

その中には、

住民、軍関係者、

周辺町村からの疎開建物作業者、

当時植民地だった

中国大陸からきた人々、

アメリカ軍捕虜

なども含まれていました。

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 原子爆弾による建物被害は?

 

建物の被害は、

爆心地から約2km以内の建物は

原子爆弾の爆風と熱線により

ほぼすべて破壊されました。

 

広島市内の当時の建物は

7万6327件ありました。

 

そしてなんと

原子爆弾の被害により

5万1787件

が全壊・全焼しました。

 

つまり

広島市内の建物の

約9割が壊滅的な

被害を受けました。

 

原子爆弾の被害を受けても

全壊しなかった建物が

6180件

あったと言われています。

 

しかし、

使用に耐えられない建物は

取り除かれ、

応急処置で使われていた建物も

建て替えなどで姿を消していきました。

 

爆心地から半径5km以内にあった

原爆ドームなどは、

市民からの要望により

取り壊されずに

被爆建物として保存されています。

 

原子爆弾が引き起こす被害の種類は?

 

原子爆弾の被害の特徴は、

熱線、爆風、放射線、高熱火災

に分かれます。

 

◇熱線被害

原子爆弾の爆発の中心温度は

100万℃

以上であったと言われています。

 

この高い温度は

強い熱線を発生し、

爆心地の地表の温度は

3500℃

に達しました。

 

強い熱線を浴びた人は

当然体に重い火傷を負います。

 

爆心地から約1km以内で浴びた人は、

皮膚だけでなく、

内蔵まで障害を受けて

即死もしくは数日のうちに

亡くなる人がほとんどでした。

 

◇爆風被害

想像もできませんが、

数十万気圧という爆風が発生します。

 

それにより

倒壊した建物の下敷きなどで、

多くの人が亡くなりました。

 

◇放射線被害

初期放射線により

爆心地から1km以内の

放射能を直接受けた人は、

致命的な影響を受けて

ほとんどの人が亡くなりました。

 

◇高温火災被害

爆心地から近い家が

自然発火したり、

台所の火が燃え上がったりなどで

市内の多くの場所で火事が発生しました。

 


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